2014年10月31日金曜日

元祖平壌冷麺 食道園(東京・蒲田)

平壌冷麺 中辛(800円)。2014年8月

8月初旬の昼下がり。どこか行ったことのない街に行ってみたいと考えていたら、盛岡冷麺の名店といわれる、大田区蒲田のあの店のことが思い当たった。

僕が住んでいるのは多摩地域。大田区というのは多摩で言うところの町田みたいなもので、同じ都内にありながら神奈川県側に飛び出している。かといって、南武線と横浜線で多摩と結ばれている川崎・横浜と違い、なんだか体感距離が遠い。だから、この店のことは前々から気になっていたけれど、訪問は後回しになっていた。

それが今回、とりあえずどこか知らないところに行きたいという動機に背中を押され、ようやく念願が叶ったのであった。



「元祖平壌冷麺 食道園」は、JR蒲田駅の西口から歩いて2〜3分のところに位置する。東急線の北側に張り付いている飲食店街の一角だ。初めて蒲田に来たわけだが、この一帯は僕が抱いていた蒲田の庶民的なイメージとぴったり合致する。

店内はさほど広くないが、オジサンとオバサンが元気よく切り盛りしている。注文の際、冷麺の辛さを「普通辛・中辛・大辛・特辛」の4段階から選べる。最初なのでとりあえず中辛で注文してみた。

窓の外をボーッと眺めてるうちに、「超特急で作ったからねー(笑)」と言ってオバチャンが冷麺を持ってきた。


混ぜる前に、スープの辛くない部分を味見してみる。牛のダシがよく効いていて、しかもややとろみがある。牛骨でダシを取っているのかもしれない。ほどよい酸味と甘みも感じる。さすが有名店、スープに抜かりはない。

具はチャーシュー(牛肉)、刻みネギ、ゆで玉子、梨、キュウリ、カクテキ。そして白ゴマが散らしてある。刻みネギが、なんだか和風な雰囲気を醸し出している。チャーシューは肉の旨味がしっかり残っている。韓国・朝鮮式の冷麺にありがちな、単なる出し殻の肉ではない。

4段階の辛さは、カクテキのまわりの赤いタレの増減によって調節されているようである。麺をほぐしつつ、辛みが全体に馴染むよう混ぜる。

麺は太め。縮れているというほどではないが、完全なストレートでもない。食感はというと、冷麺らしいコシもあるものの、なんだかモチモチしている。小麦粉の比率が高めな印象を受ける。


それにしても、「平壌冷麺」なのに小麦粉が使われているというのは、ちょっと不思議な気がしないでもない。

「平壌冷麺」を標榜する冷麺専門店は、日本各地に存在する。特に、盛岡冷麺の店に多いようだ。しかし、日本で「平壌冷麺」を名乗っている店の供する冷麺は、こんにち北朝鮮の平壌で「平壌冷麺」とされているものとは程遠い

平壌の「平壌冷麺」は、蕎麦粉を用いた黒っぽい細麺だ。それにたいし、日本の「平壌冷麺」は、小麦粉や澱粉(片栗粉など)を用いた太い麺が多い。そもそも、日本の「平壌冷麺」は、平壌の冷麺をモデルとしていないのだ。あくまでブランドイメージとして「平壌」という地名を用いたにすぎないのである。このへんの事情については元祖平壌冷麺屋 川西店(神戸・長田)の記事でも述べた。

もちろん本場・平壌の「平壌冷麺」も、日本の「平壌冷麺」も、時代の流れや人々の好みに応じて変化してきた歴史があるはずだ。だから、「平壌冷麺」を明確に定義づけることはできないし、日本の「平壌冷麺」が邪道だと言うつもりもない。とはいえ、このような乖離が生じていること自体、なかなか興味深い事実である

蒲田の「平壌冷麺」。考えてみれば不思議な存在だけれど、ごく自然とこの街に馴染んでいるのであった。

冷麺で腹ごしらえした僕は、しばし蒲田をぶらぶらしたあと、京急空港線に乗車。多摩川の河口を眺めたりして夕方まで過ごし、東京モノレールに乗って帰った。